01. 少女と巨大な鳥
鳥の羽音がバサバサと不気味なくらいに空に響く。獣の声も森の中にざわついている。不自然に音を立てる樹の枝や葉には、きっと何かしらこの場に合った不気味な生き物がいるのだろう。
時間も遅く、夜の帳が落ち始める頃だ。雲のようだがそれよりも低い空中に広がる"霧"がゆらゆらと絶えることなく蠢き、"霧"のおかげでもとから日もあたらず昼でも薄暗いこの場所にも、その暗さは増してきていた。
獣たちの声も次第に大きくなってくる。まるで夜の到来を、自分たちの世界の始まりを喜んでいるようだった。
「魔の森だよ、」
少女は空を飛んでいた。しかし正確に言えば彼女が、ではない。雲のような"霧"のすぐ下で、広い不気味な森を上空から見下ろしている少女は、鳥を人の何倍にも大きくした巨大な鳥にまたがるようにして乗っていた。
しかし少女の乗っている巨大な鳥は、鳥と言うのには間違っているかもしれない。その巨大な鳥は、本来鳥には有り得ないがっちりとした前足があったのだ。
巨大な鳥はと呼ばれると、滑らかに羽ばたく鷹か鷲のような羽をいっそう広げ、先が曲がった嘴から小さく高い鳴き声を上げた。彼女はその声を聞いて微かに笑むと、湿った風にさらわれる髪が時々顔をふわりと撫でるのをうっとうしそうに手で遮った。
「早く越えてしまおう。ここはろくな噂を聞かない」
再び巨大な鳥が鳴き声を上げた。今度は嘴を大きく開け、自分の真下に広がっている『魔の森』と呼ばれる森全体に響くような、大きく、高い声だった。魔の森がほんの一瞬、ざわつきのない静かな森になった。
その森の上で、巨大な鳥は羽をまたいっそう大きく広げる。
「いや、待って」
このまま一気に森を抜けるつもりで羽を広げたのか、急な少女の声に、巨大な鳥は驚いた動きを見せる。その上にまたがる彼女は巨大な鳥ではなく、遠くの"霧"の、ある一点を見つめていた。
あたりが暗いせいか、どうしても眉間にしわを寄せ、目を細め、顔をしかめる形になってしまう。
「何かいるよ。大きな何かが空を飛んでる」
少女が目にしたのは、自分たちより"霧"に近い高さにいる巨大な影だった。
遠目からは小さく見えるが、近づいていけばかなりの大きさになるだろう。よく目をこらして見てみると、ゆっくりではあるが移動しているようにも見える。少し驚いたのが、影の所々に赤い目のような何かが点々と見え隠れしていたことだ。ひょっとしたらこの辺りに住む巨大な魔物かもしれない。
巨大な影がこっちに近づいてきているのか、影と自分たちの距離が狭まってきているようだ。その証拠に、影はだんだんと姿形を現していく。
「飛空艇だ……火が出てる……!」
すぐそこまで近づいてきて初めて気がついたのが、影の正体が巨大な飛空艇だったということだ。しかも所々が赤く染まっているのは炎であった。
少女は衝突を避けようと巨大な鳥に指示を送る。飛空艇の進む軌道から逸れ、それの真横へ移動した彼女は、燃えながらも進む飛空艇を凝視していた。飛空艇は少女と巨大な鳥を気にすることもなくその横をゆっくりと通り過ぎ、なおも前へ進んでいった。
しかしよく見ると、前へ進むというよりは――――
「墜ちてる……!?」
船体は明らかに前方へ傾き、そのまま斜めに進んでいた。このままでは間もなく地面へ、魔の森へ墜落してしまうだろう。
船体に使われている木材がごうごうと燃える独特の音が聞こえ、船体を包もうと勢いを増す炎とその熱さに、彼女は今になって恐怖を感じた。
「あ……!!」
飛空艇から出ている火に意識をもっていかれているうちに、飛空艇はその身を 魔の森へと叩き付けた。
――――爆音に近い、耳をつんざく大きな音が辺りに響いた。思わず少女は目を固く閉ざし両手で両耳を覆い、巨大な鳥はバランスを崩して一瞬ひっくり返りそうになった。
墜落の音が響いた辺り一帯に赤い光が溢れる。次に少女が目を開けたときには、炎が森を侵食するかのように大きく燃え上がっていた。
「行こう、人がいるかもしれない!」
あんなに大きな飛空艇に人がいないというのも問題だが、もしかしたら何らかの形で全員脱出しているかもしれない。そうだと願って少女は巨大な鳥を飛空艇が墜落した所へと向かわせた。