07.疑いと尋問

 狭く急な階段を下ると、そこにはこじんまりとした空間があった。部屋と言うには狭く、舞台で使用するものと思われる衣装や小道具がそこら中に散らばりひしめき合い、その窮屈さを増す要因となっている。隅の方には古ぼけたテーブルが横倒しになり、その上に置かれていたであろう数本のろうそくが床に転がり、一部は粉々に砕けていた。はその欠片を踏まないようにゆっくりと歩きはじめる。
 ここは先程いた階層より火の回りは落ち着いていたようだ。炭になった木材も多少はあるものの、焦げたにおいや煙は上の層に比べると、にとってはずいぶんとましなものだった。



「おい」

 バクーの言っていた扉を正面に見つけたとき、視界の隅の暗がりで男の声がした。
 見ると、そこにいたのは外で出会った男のうちの一人、に剣を向け、ジタンの話も聞かずにを睨んでばかりいた赤毛の男だった。
 赤毛の男は、まるで待っていたかのようにもたれ掛かっていた背の壁を軽く押し、歩き始め、の方へと近づいていく。

「……」

 にこの男への好意的な感情はなかった。初対面が特殊な状況下にあったにせよ、初めてまみえた人間にあからさまな敵意と憎悪を向けられる神経を、は理解できなく、またしたくもなかった。
 そして今もなお、男はを激しく睨みつけている。外では睨み返してやっただが、今は関わりたくないと言わんばかりに、彼を無視して扉へ歩く。

「おい!」

 男の怒号が鳴るがは構わず歩き続ける。彼の睨みも声も存在自体も、彼女はそこにないものと決め込んだ。

「てめえは呼ばれてんのにも気づかねえバカなのか?」

「おいなんて名前じゃない」

 しかし彼女の決心は非常に脆かったようで、幼子でも使えるような罵声に反射のようにして言い返してしまった。は心のなかで少しだけ悔いる。

「名前なんて知るかよ。お前、あのバケモノはどうした」

「バケモノなんて知らない」

「外にはいなかった。答えろよ、どこへ行かせた」

 赤毛の男が放つバケモノという単語に眉をひそめる。溜まっていく苛立ちを小さなため息でなんとかごまかし、これ以上関わることもないと彼を無視して歩き去ろうとした。

「てめえ、いい加減にしろよ。こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」

 先にしびれを切らしたのは男の方だった。怒鳴りながらずかずかと大きな音を立てて歩くと、の目の前に立ちはだかり、彼女の行く手を阻む。

「下手?言葉の使い方も分からないなんて不憫ね」

「てめえっ…!」

 は小馬鹿にするかような嘲笑と言葉を残して、正面に立った男をかわして進もうとする。頭にきたらしい赤毛の男は、これ以上進ませまいと彼女の腕をがっしりと掴み、強引にその場で足を止めさせた。

「……離して」

 の目付きは一気に険しくなり、口調も先程よりも明らかに刺々しく変わる。

「あのバケモノはどこだ。今度は誰をさらうつもりだ!」

「言ってる意味が分からない。さっさと離して」

「俺だって触りたくねえよ。バケモノくせえイカレた女になんてな」

 吐き捨てるように言い放った赤毛の男の言葉に、はキッと男を睨み付ける。

「離せ!」

 その大声と共に、力任せに掴まれている腕を振り払った。掴んでいた男の手はの腕から離れ、は反動で一歩後ろに下がる。
 赤毛の男が彼女の腕を追おうと手を伸ばしかけたその時、金物が弾かれたような、キーンと鋭い音が辺りに響いた。
 その音で彼らの動きが止まる。二人は音の元に目をやると、それは乱雑に置かれた荷物に跳ね返り、再び地面にその身を打ち付けたあと、コロコロと小さく転がり男の足に当たってようやく動きを止めた。

「なんだこいつは」

「あ……」

 音の原因を理解したはいち早くそれに手を伸ばすが、寸でのところで赤毛の男に拾われてしまった。

「指輪か」

「それに触るな!」

 赤毛の男が指輪に触れたとたん、今までにない大声と険しい目付きを男へぶつける。それに対して彼は一瞬苛立ちを隠さないいつもの視線を作るが、何かに気づいたのか、ハッとすると、彼もまた今までにない表情を彼女へ向けた。

「へぇ……」



 何とも不気味に男は笑っていた。片頬をつり上げ欠片も"楽"を連想できない、微笑みとはかけ離れた含みのあるものだった。
 笑顔と言うには苦しいその笑みを見たに、ある種の恐怖が芽生える。

「……返して」

 意図せずに、声と睨みが減少された。

「でかいほうのバケモノはどこだ」

「バケモノなんて知らない」

「……もう一度聞いてやるよ」

 男は笑みを浮かべたままの指輪をチラリと見る。

「バケモノをどこへやった」

「だからバケモノなんて……!」

 の言葉に反応したように、赤毛の男は持っている指輪を拳の中に収めると、器用に装飾部分の大きな石のみ指の間から露出させる形に握り直し、あろうことかそのまま後ろの壁を殴り付けた。

「やめて!!」

 悲鳴に近いの声が響く。
 彼女の声の反響が聞こえなくなるまでしっかりと拳を壁に押し付けていた男は、ゆっくりとその手を離すと、薄ら笑いを浮かべて指輪をまじまじと確認する。

「見ろよ、意外と脆いんだな」

 男は一番負荷のかかった装飾の石部分をへ向ける。辺りの薄暗さで彼女にはそれがどうなってしまったのか目視できなかったが、男の口振りに完全に翻弄され、焦りを隠すことができないでいた。

「次は粉々か?」

「やめて……!」

 先程とは全く違う彼女の態度に満足したのか、赤毛の男から不適な笑みは消え、険しい目付きで再びを睨み付ける。

「バケモノをどうした、どこへやった!」

は離れたところに行かせた!」

 は大声で男の質問に素早く答えた。

「どこだ!」

「場所は指定してない、ここの怖がりの人たちの目につかないようにと言っただけ!」

「フン、ありがたいこったな。言えよ、今度は誰をさらうつもりだったんだ!」

「それはどういうことなのか分からない!意味が分かるように言って!」

 のその返答に男は動きを止めると、指輪を握る拳に力をいれて彼女を見据える。

「粉々だぞ、いいのか」

「……っ」

 聞くが早いか、男の言葉に決定的な何かを感じ取ったは、片腕を胸の前で伸ばして男に向けた。

「何だよ」

 訝しげに彼女の伸ばした腕を睨み付ける男。
 はおもむろにもう片方の腕を伸ばした腕へ支えるように重ねる。すると、彼女の手のひらの中心から小さな光が現れた。



 の手の光が大きさを増したとき、ふいにそれは男の頭に落ちる。
 いつの間にか赤毛の男の後ろに立ったバクーが、男の脳天に鉄拳を食らわせたのだ。



 男は激痛に顔を歪め身を屈める。は面を食らって伸ばした手を下ろし、それと同時に小さな光は霧のようになって消えていった。

「くそ、何しやがんだボス!」

 しゃがみこんで頭を押さえる男。それを見たは何とも言えない既視感を覚えた。

「俺が止めてなけりゃ、おめえは今頃カチンコチンか全身麻痺か火だるまだよ」

 バクーはいつかやったときと同じように、殴った拳を軽く振り払う。

「ボス!聞いてくれ、こいつはボスの知り合いなんかじゃねえ!」

「ああ?」

「ルビィもいねえんだ!鎧のオッサンも、とんがり帽子のガキも!人の形に化けて惑わすモンスターがいるって聞いたことがある。きっとこいつがそうだ、ボスの知り合いに化けてジタンを助けて信用を得て、また誰かさらう気だ!姫さんもきっとこいつに……!」

 頭の痛みもそこそこに、赤毛の男は立ち上がってバクーに捲し立てた。には全く身に覚えのない話と、何より先程の指輪が未だに男に握られていることに焦り、二人の方へ一歩踏み出したとき、バクーが再び拳を男へ降り下ろした。

「落ち着けやブランク」

 頭の上ではなく、顔の横を殴られた赤毛の男は、バクーの殴る威力に飛ばされ後ろに倒れた。
 その拍子に男の手から指輪が離れ、それは鋭い金属音を響かせて床に転がった。

「あ……!」

 はすぐさま指輪を追いかけ、掴み取ると両手に収めて握りしめる。ひとまず自分の手に戻ったことに安堵するが、男が言った言葉を思い出し、すかさず石部分を確認した。
 装飾部分の石の端、そこから真ん中にかけて走る小さな亀裂を見つけてしまった瞬間に、はからだの奥底の力がすべて抜けてしまったかのように、その場にへたり込んでしまった。

「おい、どうした

 その様子を見ていたバクーが声をかけるが、は返事をしない。ただうつむいて、指輪の亀裂だけを涙の滲んだ瞳で見つめていた。

「おめえ、に何した」

 明らかに様子が変わったから、身を起こし始めた赤毛の男に視線を移し問うバクー。

「……交換材料だ。大事そうに持ってたから吐かせるために使っただけだ」

 こちらもうつむき、殴られた横顔を気遣いながら、少し歯切れが悪い言い方で男は答える。
 その瞬間、バクーは先程降り下ろした拳とは反対の拳でもう一度ブランクを殴り付けた。

「おうブランク、おめえの言ったとおりこいつがモンスターなら好きなだけ俺を殴り返せ」

 三度目の拳に再び飛ばされることはなかったが、赤毛の男はその痛みにかすかな声を漏らす。そうしてまた体だけ起き上がると、バクーはその大きな手で男の頭をがっしりと掴んだ。

「それでだ、もしこいつが本物の俺の知り合いだっつう想像もちょっくらしてみねえか。だとするとおめえが取り上げた指輪はこいつの一番のおたからだぞ」

 彼の手に、グッと力が入る。

「この落とし前、どうつけんだ」

「でも、そいつは……」

 先程とはうって変わったか細い声で赤毛の男は呟いた。バクーはその言葉に何も反応はせず、無言で男から手を離しての方へと歩いていく。

、すまねえな」

 座り込んだままのを見下ろして彼が放つ言葉は、いくらか和らいでいた。

「その人、だれ」

「究極の勘違いヤローだ。後で詫びはしっかり入れさせる。今は抑えてくんねえか。火は消し止めたばっかだからよ、でかく燃えるやつは特にな」

 顔こそ上げないが、返事があったことに安堵したように、バクーは軽くおどけて言った。

「わかった」



「ボス!ボス!!大変っス!!」

 怒鳴り合いや殴り合いから一気に静寂が訪れたこの空間に、再び騒がしさが舞い戻ってきた。
 遠くから男の大声と、燃えて脆くなっている木の床を気にも止めない力強い足音が聞こえたかと思えば、一瞬にしてその原因が三人の前に現れた。
 頭にバンダナを巻いたその男は、息急き切って駆けてきたのか、バクーのそばまで駆け寄ると呼吸を整え始める。

「さっきからボスボスうるせえな!てめえら一人じゃ何もできねえのか!」

「ジタンさんが…!怪我した鎧のオッサンと帽子の子供抱えてそこに……!!」