05.かくされたひと
「すまん、タンマだ。そこでストップ」
ふと何かを思い出したような顔をしたバクーは、片方の手のひらを立て制止の合図を送り、自らが立つ飛空艇の横穴もとい入口へと駆けてくるを一旦その場に立ち止まらせた。
来いと言ったのはバクーなのに、と、いかにも言いたげなだったが、先程とは少し違うバクーの面立ちを目にして、そこは素直に従うことにした。
「ジタン」
少し考えるような仕草をしたあと、バクーの野太い声がの後ろにいた彼を呼ぶ。ジタンは駆け出してを追い越し彼のもとへ向かうと、ふたりはそこで声を潜め、何やら話をし始めた。
には聞かれたくない話なのだろうか、それとも単なる噂話か悪口か、彼らは時折彼女の方へ視線を向けながら、こそこそと話を続けている。
彼らに何かをしでかした覚えはなく、悪意ある恨み辛みを述べる人ではないと思っていても、ああもあからさまにこちらを気にされては多少の憤りは感じてしまうものだ。それ以上は考えないようにと、はの元へ戻り、彼の鞍にある荷を漁るふりをして感情と時間を紛らわせようとした。
「いいから、あいつに聞こえねえように話せ」
「知り合いだろ、にもにも敵意はない」
潰れた飛空艇の横穴の前で、ふたりはすぐ近くにいる少女に気を払いながら声を低くして話をしていた。
「んなこたわかっとるわ。こっちは突然の登場にちょっくら焦ってんだ。時間もねえ。ちゃちゃっと簡潔に話すが質問はなしだ」
バクーは片手で頭の後ろを軽く掻き、視線の端にを写して更に小声で話し始める。
「あいつはリンドブルム城の重役だ。シドのオヤジが特に可愛がっとる。俺とも付き合いは長い」
「大公に…ってそんな奴がどうしてこんなとこに」
「質問すんなっつたろーが。時間あったら本人に聞け、俺もわかんねえんだ。……だからこんなヤバい森でうろうろされて死なれちゃ困んだよ」
「見張れって?それともボディーガードかい?」
「話は最後まで聞かねえかバカ。あいつは姫さんと面識があんだ。……姫さんの方はあいつを覚えてるかはわからねえが」
一瞬バクーの顔にもの悲しげな表情が浮かぶ。それも一瞬にしてもとの真剣な面持ちに戻り、彼は話を続けた。
「でだ、あいつはすぐ一人で突っ走る性格なんだよ」
あらかた、一国の重要な人物を危険な目に合わせず引き止めておけとでも言われると思ったジタンだが、予想外のバクーの言葉に面を食らってしまった。
「この状況でさらってきた姫さんが行方不明だとか言ってみろ。あいつは森じゅうを探し始めるかもしれねえ。だからだ、船ん中は俺たちで探すから、おめえはここら周辺を……」
「ちょっと待ってくれよ、ガーネット姫が行方不明って……」
そしてそれ以上に驚かされたのはバクーの今の言葉だった。早口に口にするものだから、取るに足らないことばかりを言ういつものバクーだったのなら、気にも留めず聞き逃してしまったかもしれなかったが、今はそんな状況ではなかった。
「聞いてねえのかよ、今もタンタラス全員が血眼で探してんぞ」
「な、なんだって!?」
が鞍の荷の中身を適当に物色していると、その声は響いた。
「声がでけえ!!」
続けてバクーの声も辺りに響き渡る。
驚いたは何事かと振り返りふたりを見た。すると丁度、バクーの鉄拳がジタンの頭へ下るまさにその瞬間だった。
は思わず両手で目を覆い隠す。その直後に鈍い音がこちらまで聞こえ、続いてジタンの苦痛の叫びがこだまし、しっかりと見ていたのだろうか、がか細く小さな声をあげた。
「……っ絶対、ボスの方がでかいだろ……」
恐る恐る目を開けると、ジタンが両手で頭をおさえ、しゃがみ込み痛みに悶えている真っ最中だった。
「ブツクサ言ってねえでとっとと行け」
彼に拳を食らわせた張本人は、スッキリしたと言わんばかりの晴れやかな表情でジタンを見下ろし、彼へ降り下ろした拳を軽く振り払った。
「ああ、そのままで行くんじゃねえぞ。そこの泉で血を落としてけ」
頭の痛みが治まり始め、ゆっくりではあるが立ち上がるジタンを見たバクーが言う。
「血?なんでだ?」
ようやく顔をあげた彼だが、その顔にはが思う通りの苦痛の表情が浮かんでいた。片手を頭の上に置いたまま繰り返し前後にさすって痛みを和らげるのを、彼と同じような面持ちで眺める。
バクーの腕がまた動くものだから、ジタンだけでなくまでもが体を固くして身構えたが、幸いなことに、彼の手は木々の向こうにわずかに見える泉を指差しただけだった。
「ただでさえ俺たちゃ森の侵入者だ。しかも派手に騒いじまったからな。今頃色んな群れのボスはおかんむりだよ。そんな時に血の臭いでわざわざ呼びつけることもねえだろ」
「なるほどな。了解、ボス」
「つーかおめえ、怪我してんのか」
「おっせえよ!普通そっちが先だろ!」
「ガハハハ!その出血量だと、もってあと5分だなぁおい!」
「そう思うなら力いっぱい殴るんじゃねえよ!」
ふたりしてこそこそと話をしていた数分前とはうって変わって、騒がしく会話をするバクーとジタン。もう聞かれてもいいのかと、遠慮がちになりながらもはふたりを見ていた。
「が助けてくれたんだ。知ってるんだろ?」
「知ってるにゃ知ってるが、あいつに高度な白魔法は使えねえぞ。基本だってからっきしのはずだ」
「まさか……これは愛が起こした奇跡なのかっ!?」
「……聞こえなくてよかったかも」
ポツリと呟いた。
そのあと数分も経たない内に、再びバクーに入れと呼ばれ、に二言三言言葉を残し、は彼らのもとへ足を運んだ。
ふたりの前で足を止めると、なんの言葉もなくジタンがバクーを向いて素早く両手を胸の前で組み、敬礼のようにピタリと数秒止まった。それを見たバクーもジタンと全く同じ腕を作り、同じようにピタリと止まる。するとジタンはきびすを返し、泉の方へ走りだした。
「あっ…ジタンさん……!」
「ん?」
にそんなつもりは一切なかったのだが、急に森の方へ走る彼をとっさに呼び止めてしまった。思うところはあったが特に用と言う用もなかったために、振り返ってこちらを向いたジタンへ次に口にする言葉に迷ってしまう。
(バクーは血を落として行けと言ったのだから、魔の森を身ひとつで動くと言うことだろうけど……。さっきあんな大怪我したばかりなのに…)
「ちょっと見回ってくるだけだって!」
表情から言葉を読んだのか、ジタンはにっこりと笑って言ったあと、手を大きく振って再び走り出した。
思っていることを覗かれでもしたのかと驚きを隠せないまま、は手も振り返せずにジタンの背中を見送ったのだった。